小原台堡塁

2011年に防衛大学構内の食堂工事中に発見された、小原台堡塁の調査。
部分的な調査を1年2ヶ月ほど行い、現在はまた埋め戻されてその上に道路、学校施設が建設されている。
2011年度の防大際に、砲台ツアーの一環として、小原台堡塁の発掘現場を公開した。
自分は仕事で両日とも行けなかったので、参加した榴弾砲さんから資料を頂いた物を紹介する。
と、言っても行ってないので、細かい説明は出来ない、つい先日横須賀で行われた、
三浦半島の遺跡研究発表会に参加した時に、小原台堡塁の発掘状況の説明があり、失われた遺構を
少しでも知ってもらいたい為に、榴弾砲さんの許可の下、公開する。DSCF4543_R.jpg同時に小原台演習砲台の見学会も行われている。DSCF4556_R.jpgDSCF4353_R.jpg現代の大学地図を重ねると小原台堡塁の真上に大学が建っている事が分かるDSCF4358_R.jpg発掘されたレンガの一部、様々な種類のレンガが使用されているDSCF4368_R.jpgDSCF4369_R.jpg一つは花立台で見た物と同じだ、焼いた釜の刻印はこの他にもあるDSCF4554_R.jpg大きく3箇所ほどに分けて調査をしたようだDSCF4088_R.jpgDSCF4091_R.jpgDSCF4095_R.jpgDSCF4560_R.jpgDSCF4559_R.jpgDSCF4563_R.jpgDSCF4564_R.jpgDSCF4565_R.jpg土塁を抜けて、反対に行ける地下通路がある、階段には金属製の手摺りが残っているDSCF4567_R.jpg階段は大谷石の様だDSCF4568_R.jpg鉄製排水溝の格子蓋DSCF4571_R.jpg配水管の跡が所々で出てくるDSCF4572_R.jpgDSCF4576_R.jpg地下通路入り口、中はヘドロ状になった泥が詰まっていたそうだ。DSCF4579_R.jpg土嚢でヘドロを塞き止め、床面の調査を行ったDSCF4582_R.jpg通路の先は今回の調査区域外になる為、未調査に終わるDSCF4585_R.jpgDSCF4590_R.jpgDSCF4591_R.jpgDSCF4592_R.jpg長屋状に連なった弾薬庫の遺構DSC08881_R.jpgこれは友が島に行った時のものだが、こんな感じだろうか?
見学会はここまでだが、2003年に発見され、2005年の調査では2基の砲座が確認され、調査されている。
この時の模様は、横須賀市教育委員会発行の近代化遺産.近代遺跡調査概報集Ⅱに載っているのでお勧めする。
砲座及び、地下構造等の内部図面、写真が数多く掲載されている。
しかしこれらも調査後、埋没処分され、上物や道路が施工されている。

上空写真を貼って置く
P1020109.jpg
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コメント

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手帳

戦争中、小原台海軍官舎第二号八班
または、横須賀第二海兵団第51分隊第七教班
に所属していた籠宮一之助さんの当時の硫黄島での落し物を預かっています。
お返ししたいのですが、ご本人かご親戚の方など何か手がかりを頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします。

No title

> Daviesさん

残念ながら自分には力になる事は、出来そうもありません。
自分は基地、陣地などの大きな物の位置ならある程度把握もしますが
官舎や、海兵団分隊などになると、名前は小原台でも、建物の位置は
全然違う所にあったりします。
また、砲台は通常時は管理者程度しか詰めておらず、無人に近い物で
敵が近ずいて来た時のみ、兵隊が赴くので、そこには居ません。
 
ネット上でご覧の方々、もしお分かりの方がいらっしゃりましたら、お知らせ下さい。