東京湾要塞 観音崎砲台(大浦堡塁(戦没船員の碑))

堡塁と言うのは、積極的に敵を攻撃する為のものではなく、砲撃用砲台の背後もしくは側面防御の為に儲けられた砲台であり、海面方向より内陸を指向している物が大部分だろう、周辺には腰越堡塁、小原台保塁花立台保塁などがある。
現在は大浦堡塁としての遺構は僅少で、戦没船員の碑と公園整備の為原型すら判らない。
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観音崎の自然&あれこれ様より転載許可済み
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大浦堡塁の航空写真
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ほとんど山頂部に位置する為、登ってくる人はあまりいない
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実際山の中をガサゴソしていると、結構いる
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戦没船員の碑
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進徳丸のアンカー(戦前は、商船学校の練習帆船で、戦中は徴用船だったが生き延びる)
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戦後、練習汽船として復活した
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草陰に潜むぬこ
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ここからは、花立台演習砲台の観測所が良く見える
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しかし、遺構として残っているのはこれだけ、階段の一部と
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横墻と言われる部分だが、車輪移動式9cmカノン砲があったので、単に平坦地を作る為の土止めの壁だろう
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広場説明
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人魚に襲われる船乗りの像
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安らかにねむれ わが友よ 波静かなれ とこしえに
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床には、日本からニューギニア辺りまでが彫ってある
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おむすびが3つある
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天皇陛下御製碑
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皇后陛下御歌碑
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説明
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近年は5年に1回ペース
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天皇陛下皇后陛下、行幸啓記念
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少し進むとめがね橋がある
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思わず下を乗り出して見たくなる様な高さがある
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切り通し、山側
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切り通し、海側
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当時架かっていた、煉瓦橋の橋脚の一部の煉瓦が、覗き込むと見える
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橋の根元にある、古い導管
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恐らくは電気ケーブルだろう、この高さでは水道はありえない
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橋を渡った所にある陸軍柱(波一本は陸軍のマーク)
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