東京湾要塞 観音崎砲台(北門谷 )

観音崎砲台は、北門と南門で区切られていた、北門は現在の観音崎レストハウス付近、南門は観音崎ビジターセンター、たたら浜園地辺りになる、現存する建物は少なく、元青少年の村に火薬庫が3棟現存しているぐらいだ。
ここにあれが在りました的な物はあまり好きではないが、一応まとめておく
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観音崎に散らばる砲台郡
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左に走水新砲台、海岸に北門隠顕砲台があった
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新砲台自体の遺構はないが、付属の格納式探海灯設備等が残っている
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ここは自衛隊関連施設なので、立ち入ることは出来ない
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レンガ構造は綺麗に残っている
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昇降部も完全に残っている
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詳しくは、走水新砲台(走水神社)のページで
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観音崎ホテルの海岸に、謎遺構が残っているが、関連性は不明
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繋船場の一部だろうか?
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砂浜の奥の広場に北門隠顕砲台はあった
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上空から見ると、この谷屋の部分だ
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常設ではなく、見えない様に隠しておく砲である
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しかし、ユースホステルを一時期作った事で全て無くなってしまった
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今はバーベキュー広場となっている、第二砲台への登り口にもなっている
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ここから見える海岸に変な施設がある
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子供の頃は単純に飛び込み台と認識していたが、大違いだ
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トロッコ軌条の残る荷上場(繋船場)であった
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当時は先端まで橋が掛かっていた、その橋脚が波打ち際に転がっている
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今行ける先端部、飛び込み台は登ってはいけない事になったらしい
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先端部
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僅かに橋の木材が残っている
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実際は水深が浅く満潮で1.5m程度、引くと50cmほどになってしまうので、小型船しか停泊できない
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戦跡ではないが、海岸には二代目観音崎灯台の首が落ちている
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遊歩道からは見えないので、探してみよう(トイレ付近)
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北門周辺の分布図
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右上が荷上場と隠顕砲台
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i のレストハウスは艇庫だった
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その後ろの駐車場 j は衛兵所と付属家があった
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民家のh 部分は陸軍第七研究所北実験所の施設があった
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大きい駐車場の g には、官舎と油庫があった
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臨時駐車場となる f は、第四火薬庫だった
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遺構はこの階段ぐらいしかない
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奥から見渡す
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火薬庫ブロックに進む
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k の弾丸庫が四棟と厠があった所
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e の第三火薬庫も何もない
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火薬庫上空写真
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火薬庫を利用して、キャンプ場を作った(現在廃墟)
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上モノはキャンプ場宿泊施設として乗せ直した物で、基礎のみ当時のもの
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営業当時の b 第二火薬本庫
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営業終了後の第二火薬本庫(この前には弾薬調整所があったが、跡形もない)
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この辺は当時のまま
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c の火具庫
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この辺は扉が残っていて、貴重かな
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火具庫の周りは、石積で囲まれている
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一番奥の e  第一火薬本庫
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石積(ブラフ積み)も見受けられる
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湿気防止の為のアーチ状空間
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少々レンガの規格がイマイチな気がするが、手作りの良さという事で!
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現在は解体も進み、遺構部分だけが残されている
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もう一年ぐらいこの状態で放置されている
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当時はこのトンネルの中にも弾薬庫があったとされるが、改修後痕跡は一切ない
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