東京湾要塞 猿島要塞再訪 その1

久しぶりに平日休みが取れたので、思い立って猿島に行ってみた、ここに来るのも例の火事騒ぎ以来かも知れない
実は記念艦三笠に用があったついでだったりもする。
自分は同じ所に何度でも行く(経済的に行ける範囲で)、現状の把握と新たなる発見の為にと言えばマシだが
単純に誰もいないノスタルジックな空間に、浸りに行くのが好きなのだ。

猿島と言う名前は後に付けられた名前で、元は豊島(十島)と言われた、文字通り他に笠島、平島、黒島、蛸貝島、亀ノ子島、職工島、鯨島、稲荷島、二股岩(島名諸説有り)があり、当て字で縁起をかつぎ、豊島と言う
今は地名も消え、豊島小学校にその名が残るだけである、海外ではペリーアイランドとも言う。
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っと、言うわけで三笠桟橋到着
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久しぶりに来たら、チケット売り場がトレーラーハウスになっていた
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定刻になったので、船に乗る(実は時間があったので先に三笠に乗っているが、また後日)
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平日の午前中は空いている、数人だけしかいない、釣り客はもっと早い時間に渡る
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三笠を後にする
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あっという間の15分
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海軍港の票柱が出迎える(折れてるけど)
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旧軍の階段で登るのも、お約束
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極僅かな展示ゾーンだが、見るものはある
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レンガの刻印を探してみるのも、面白い
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夏島や貝山では普通に見られるこれらの遺物もここでは最早見つからない
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どっかに落ちてないかと、今日も探す
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まだ、謎な部分が随所にある島
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例えば土壁に埋め込まれた20cm四方程度の石の用途
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この窪地の意味は?まさか掃除道具を置くためではあるまい
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レンガ遺構が見えてくる、これは兵舎跡
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視線をずらすと、上に窓がある
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下の兵舎とは繋がっていない隠し部屋がある
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どうでもいいが、右の壁の方が作られたのが古く、お城の石垣の様に下部が広がっている古来からの造りで、左側はもう少し近代工法で垂直に切り立っているのが、判るだろうか?
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トイレその1、上に木製の庇を付けていた跡がある
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弾薬庫、兵舎との見た目の違いは、横の防湿用通気通路があること
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内部にはぬけさく先生の壁画が書いてあるが、ここからでは見えない
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デッキ下の排水口(当時の物)
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関東大震災で被害を受けたのでは無く、上の砲台を戦後爆破した時の破損だそうだ
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ウッドデッキはうるさくて好きじゃない、靴音がゴツゴツ言う
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次の弾薬庫は土で埋まっている
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震災被害時に放棄され、復旧されなかったらしい
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トイレその2、後にトイレが足りなくなったので、追加された物
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トンネルが見えて来た
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フランドル積みはあまり残っていない
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トンネル手前にある、謎の掃除道具置き場空間
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トンネル入って最初の弾薬庫、このトンネル内の弾薬庫が島内の弾薬本庫となる
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狭い方、通気用通路の漆喰が何故かほとんど無くなっている
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となりの部屋はこの通り残っている
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この窪みの用途も不明である
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大きな部屋の隣には、狭い部屋が並ぶ
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二階及び地上への連絡口
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説明板
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トンネル出口付近の大部屋、おだやかなる孤独と書いてある
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何故かここだけ排水口が切ってある、通常弾薬庫庫内には水分厳禁で排水は通路を通す、とゆう事は兵舎か?
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となりの小部屋
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トンネルを振り返る、レンガのモザイクの様だ
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三叉路に出る
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第一砲台兵舎
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砲座へのトンネル
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8cm高角砲座
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ずらりと二十本のボルトが並ぶ
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少し離れた所に同一の砲座
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同じく二十本
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台場に下りて行く
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江戸時代の台場で、太平洋戦争時は備砲していない、位置が低いのだ
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ここは占領時、米軍施設が建てられていたのは、前回紹介した
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低地だが眺めはいい
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そして、ここには謎遺構がある
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近くに転がっている、ボルト跡の残るコンクリート片
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上を見上げると、壁がある(建物ではない)
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調べてみると、東京湾横須賀軍港の防潜網施設との見解が有力らしいが記録はない
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崩れた石垣をへつって行ってみる
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正直、波が結構やばい
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地面からパイプが出ている
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うーん、か・な・り・やばい
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安全第一主義なので、引き返す事にした(カメラが濡れる)
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帰り道もそれなりに大変なのだ
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台場に戻ると、さっきの鉄パイプの一端が見える、おそらく米軍施設が有った頃のなごりだろう
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台場付近の米軍写真、右下は山頂の見晴台(監視所)
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モンキーアイランドと書いてある、台場跡米軍構造物

基本的には以前紹介したのと大差は無い、一部は紹介をしなかった謎遺構もあるが別に新発見ではない
またかよと言われそうだが、同じような所を次回も辿って行く
千代ヶ崎砲台と共に、国指定史跡に登録が決まった記念という事で、騒がしくなる前に行ってきただけだが、一部に史跡登録を意識して、整備をされている箇所もあったので、次回紹介する。
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