西浦砲台近くの謎遺構

ゅんのすけ様から、また新たな遺構の情報を貰った、「湘南国際村」の裏山に謎のコンクリートが鎮座していると
ピンポイント座標を頂いたので、早速マップと照らし合わせると西浦砲台のとなりの山辺りとわかった
他の探索と絡めて訪問となるが、この日は水道山から始まり、衣笠山、そして西浦砲台と3つ目の山登りだ
更にこの日は衣笠霊園の裏山にも登る事になってしまったが、それはまたいずれ紹介する
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砂利砂だらけの駐車場に車を停める
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最初の内は奥に畑があるので、立派に車道の体をなしている
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だんだん先細って行く
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不意に、アスファルト、タイル、コの字型の洒落たブロック(左右にある)が出てくる
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次に出てくるのは、NTTのアンテナ
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その先に巨大なタブノキがある、その太い枝の下に
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添え木があるのだが浮いている、2cmほど木が成長したようだ
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その樹にはこんな罠がくくってある、実際台湾リスはかなりこの辺の山には多い、良く見かける
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問題の物件だが、軽い斜面にひな壇状にある1.5m弱四方の物である、反対側には段が無いのでこっちを外側にした支柱台座に見える、しかし付近に同型の台座は見られないし、タブノキは更に昔からこの位置にあるだろう事から単独構造物である、破壊は開発時と金属ドロによるものだろう
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金属パーツが付いていた痕跡はある
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付近には貯水槽もある、砲台系で見かけるそれだ、小規模な発電施設があったのか?もちろん便所の可能性もある
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約1.5mほどの半地下水槽、これらは探照灯台座とも形状が違うし、観測所とも違うようだ謎だ
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山頂部はこのように開けており施設を作るにはうってつけであるが、兵舎等の基礎は認められない
ドコモアンテナがあるように、通信目的だろうか?西浦砲台自体も未成砲台で地盤不良が指摘され、更に大正12年の関東大震災で被害を受け放棄、復旧はされていない途中放棄の砲台だ、附属施設など正にそれ以下だろう
ちなみに備砲はされなかったが、長榴弾砲が予定されていたので、砲台はここの山頂よりも低い位置にある
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この辺も別荘開発などが頓挫した開発廃墟なのだろう、ロータリーになっている
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下山してとなりの山に移動する、ここまで来たら西浦砲台だ!
一応断っておくが、西浦砲台が近くにあるからの、仮定の想像であって民間の漬物のオケと蓋の重しのコンクリートバージョンかも知れない。
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山を山頂まで歩いて登る、道は有るが狭くて駐車出来ない
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山頂に着いたら、今度は斜面を藪こぎしながらひたすら降りる、これは開けた降り口で薮は空すら見えない濃度
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100mも降りない内に砲台に到着、場所を知らない人にはお勧め出来ない、ほんとに遭難する
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これは第一砲座と第二砲座間の横檣部(第一砲座は大雨で土砂により工事中に埋没)
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第一第二砲座前には前檣があり、その上に小隊長壕がある、これは前檣外縁
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外縁を回り込んでいく
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その上にある第一第二砲台用小隊長壕、割と大きい
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そして分厚い、ビデオカメラは4cm
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砲台は自然に帰ろうとしている
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美しいアーチを描く、第二砲台横檣
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ここに罠がある、土で埋まっているが穴がある、踏むと沈むので踏み抜いたら落ちそうだ、他の場所にもある
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第一第二砲座間の砲側庫
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上の石垣が庇状にせり出している、落ちるのも時間の問題か?
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少し埋まっている砲側庫入口
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各入口部には銃眼が備えてある洲崎第二砲台に似ている
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洲崎第二砲台の銃眼
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砲側庫通路、分厚い総コンクリート製
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関東大震災で隆起した床
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各砲側庫への入口は中央にある、外敵への考慮
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第二砲台側砲側庫
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亀裂を見ると、表面はツルッとしているが、中のコンクリートはかなり粗雑だし、鉄筋も見えない
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庫内の床も隆起し、壁にも亀裂が走る
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入口上部に木製の鴨居を取り付けるボルトが残っている
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壁にある謎の穴、棚でも付けていたのだろうか、一部の砲側庫のみ開いている
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砲側庫奥の銃眼
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外部入口からの敵の侵入を迎撃する
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壁の点々は、ゲジとカマドウマ、たいていはどっちかしか居ないのだが、ここは共存している
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第一砲台側の砲側庫
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ひび割れているが、隆起は少ない
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銃眼部、金属の蓋でも憑いていたのか、ほじくった跡がある
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砲側庫は左右対象に2つ並ぶのがここの基本型
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第一砲台側出入り口
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見事に土砂で埋もれている
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後ろには、用をなさなくなった銃眼が睨んでいる
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第二砲台方向を見る
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出入り口の兆番を盗まれた跡、扉がついていたのだ
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これが一応第二砲座なのだが、まったく判らん
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横檣の側壁が無ければ、ただの藪
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藪に埋もれて第二第三間の砲側庫が開口している



以前の記事

西浦砲台(未完成)

西浦砲台左翼観測所

まるっきり同じ事、記事にするなとか言われそう・・・・
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コメント

非公開コメント

No title

こんにちは。
国際村の最初の遺構、タブの木のあたりはしょっちゅう散歩で歩いています!
怪しいコンクリだなと思っていました。
めぐりの森の看板もつい最近できたようですね。私は土曜にここを歩きましたが、ニアミスでしたか?

西浦砲台、どうしても見たくて子安の住人に聞き取り調査してたところでした(笑)
まだ手がかりがつかめませんが。

左翼観測所は昨日ですが、御ブログを参考に、ついに見ることが出来ました!有難うございました。
あの斜面から道路を挟んで見える向こうの山の頂に砲台があるのかと思っていましたが、違うようですね・・・

No title

こんにちは。
早速行かれたのですね、流石のバイタリティです。
このところ貴ブログは私の近所の物件が多く、しまったまだまだ歩かなければと反省しています。我が家も練兵場と近所に射撃場が有ったとかで関連遺構があるやもしれません。
しかし、我が家の周りも開発が急速に進んでおり、子供の頃の記憶を辿って歩いても、すでに斜面が擁壁と化していることが多いです。

ちなみにタブの木ですが、、、うろの中身に気付かれましたでしょうか?

bunnytheflat 様

初めまして

自分は先の連休の時に行きましたので、少し前ですね
西浦砲台良いですよね、原型を留めつつ適度に崩壊している感じが乙です!

左翼観測所に行かれましたか!どっちかと言うと、そっちの方がレアなんですけど
西浦に行かれる時は、手前の指揮所は割と簡単に見つかりますが、砲座の方は少し離れているので、かなり激しい藪こぎが必要です。
その分見ごたえはありますけどね、時期により水が溜まるので、長靴があった方が安心ですが、中に入らなければスニーカーでも行けます。
記事内でも触れますが、所々に穴が開いているので落ちませんように!

ゅんのすけ 様

少し前に行ってるのですが、記事にする物が多くて紹介が遅れました

三浦半島は戦跡の宝庫です、まだまだ未見の物件が山済みでしょう!
ゅんのすけ様始め、皆様から情報を頂き、ありがたく思います、出来るだけ「機会が有ったら行ってみます」で終わる社交辞令でなく、せっかく頂いた情報を失礼がないよう、活用して行きたいと思っています。

昨今の開発や急傾斜地区擁壁工事など、正に急ピッチで行われていますね
戦跡がどんどん消えていっています、行ける内に行っとかないとです!

タブノキのうろですか?植物を愛でる趣味は無いので、見ませんでしたが
三崎砲台の様に生首でも挟まってましたか?(あれは見たくない)
小銃弾でも挟まっていたら、今から行きます!

No title

いつもながら、yakumo様の姿勢には頭が下がります。私なぞは出先で見たモノをお知らせしているだけのことですから。。。
確かに、三浦半島は戦跡だらけです。普段何気無く釣りをしている斉田浜も、違った側面から視点を持つと、土塁と車両一台分切った隙間などが有ったりと気付かないうちに私も戦跡の中に居るような状態です。
そう言った意味で、開発で戦跡が消えて行くというより意図的に消されている様な気さえします。しかし一方で無頓着に忘れ去られているような物もありますが。。
クルマで市内を走っていても、お椀型の山が有ると気になってしまうんですから我ながらどうしようも有りませんが、しかしそれがあながち思い過ごしで無いのがヨコスカの実態なのでしょう。

うろの中身、何やら南洋系の神様が沢山鎮座していました。小銃弾というか、機銃弾なら子供の頃に旗山崎の掃射痕を見に行った時に貰った物の紛失して以降ご無沙汰です。

ゅんのすけ様

自分の場合は、海岸沿いを走っていると、普通の人は海を眺めるんだろうと思いながら、何もない道路の崖側ばかりを見てしまいます。

弾は意外にまだ落ちている物です、8mmナンブ~25mm機関砲弾まで、様々な物がありました。

メジャーな所にも、場所さえ知ってれば、まだあるもんです!