太東埼特設見張所及び用途不明壕 その2

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メンバーに声をかけ、共に壕へ再び戻る
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一度見たので、一気に奥の出口に向かった、海側に開口しているが、降りれそうもない
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出口外側には、白い布がぶら下がっている、大きな声では言えないが、某組織が幹部候補生などの養成の為、旧軍陣地を使用して、実地訓練をする事がある、簡単に言えば「お前ならどう攻める壕口(又は銃眼)はあそこだ」指揮官としての攻守や施設拡張方等の門説の為、目印を付ける事もある(もちろん地主に許可を得て訓練は行われる)
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出て来た壕口、半没しているが野砲ぐらいなら設置できる広さがある
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九十九里に近いこの海岸を狙える位置に開口しているのだ、実は和泉と中原の山中に砲台を築き、和泉はカノン砲を、中原には野砲を設置したとある、米軍が戦後これを摂取した記録がある。
この地は和泉である、確証はないが恐らくここで間違いないと思う
長者小学校に砲兵連隊の碑「羅津要塞重砲兵聨隊内地転用本部並第一中隊」が建っているが、学校内なので見ていない。
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崩れた斜面に、補修の土嚢が!○衛隊でも使われる黒、緑、白色ビニボツ付きが散見出来る
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壕内に戻る
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左に3x3ぐらいの部屋がある
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弾薬庫的な形をしている
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部屋は反対側にもある
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何処の壕でも見かける、人一人分の窪み、体をここに入れながら迎撃するのか?
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陸式の馬蹄型の彫り方だ、太東埼の電探は海軍の物、近いが無関係となる様だ
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生活壕だろうか、割と奥行きがある
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時代は不明だが、ビンやカンが転がっている
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奥まで比較的四角く掘削されていて、完成度は高い
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天井からの地下水の滴りが、結晶化している
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インク瓶もあった
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となりの別の部屋、ここは馬蹄型ではない
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大量の瓶が産卵している、キャップを見ると農薬のようだ
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もっとも特徴的な物はこれだ
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井戸のような物が掘ってある
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上手く作ってあるもんで、天井からの水滴が枠内に収まるように掘ってある
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奥はとなり程綺麗ではない
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奥から見た入口方向
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入口はめっちゃキレイに四角くしてある
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硝石の染みだしが激しい、ゲジも飲み込まれるのでは?
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好きな人はこうゆうのがいいらしい、まぁ、ここまでなるのに70年?
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人物比とのさん
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この壕にも小森さんは居る
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掴まり方にも個人差があるようだ
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かわいい
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一回りしたので、帰るとする
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夏になれば水は干上がるのだろうか?
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急造で作った渡り板



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元きた広場への交通壕を抜けていく
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コンクリートブロックの壕を抜けて、下山する
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振り返ると、かなり異様な風景だ、ほんとにどうやって入れたんだろう?



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漁港に出た
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ここから登るのが、一番分かりやすいだろう
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もう一つの壕はこの辺か?白い布が見つからない
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地引網にでも係ったのだろうか、悲惨なバイクが落ちている
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太東漁港を後にする
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世界唯一!麻雀博物館
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OKN氏の案内で、海軍太東飛行場跡地を見に行った、地図の中央辺が区画的に長方形なのが判る
滑走路は現在の江東橋から一宮に向かう国道128号線を拡幅し、直線部分1000mで意外に短い
格納庫は太東崎台地の横腹をくりぬいた掩体壕で、現存しているが今は発見が困難との事で行っていない
1945年5月に完成したが、実際には3機しか着陸していないらしい、この時期になると艦載機の空襲が激しく、また、新しい基地に配備する機体も無かったのでは無いだろうか?
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周りの畑と明らかに違う区画となっている、右端が太東埼の電探基地だ
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これは滑走路北側の部分を農道にした、直線路
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滑走路中央部は、128号線と住宅が分断している
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128号線を超えて、南側に向かうと少し入った所で、滑走路跡を発見
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残っているのはこっちは200m程度だろうか
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突き当たりは民家と畑になっていた
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