東京第二陸軍造兵廠板橋製造所(二造) その1

東京第二陸軍造兵廠板橋製造所は、陸軍省により旧加賀藩下屋敷跡地約3万坪に建設され、明治9年(1876年)、陸軍砲兵本廠板橋属廠として操業を開始した。
その後、明治12年に東京砲兵工廠板橋火薬製造所と改称され、より高性能の火薬製造を行う。
工廠設備、敷地も拡充され、明治27年(1894年)には、敷地は約15万坪に膨れ上がった。
昭和15年(1940年)には、東京第二陸軍造兵廠板橋製造所(二造)となり、最盛期には7千人をこえる労働者を擁する一大軍事工場となった。
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17号線を板橋に向かって走る
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板橋4丁目到着
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板橋区立板橋第五中学校のグランドの境目
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来た時間が悪かった
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なんでここにピンポイントで立ってるんだ電柱!
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表の陸軍省しか書いてないようだ
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信号渡って加賀公園に向かう
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遺構は図の上の方
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電気軌道(トロッコ)線路敷跡
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チンチン電車
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元々はこの前田家の跡地に二造は造られた
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多分全然関係無い
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道路側に降りる
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ほとんど読めない牌がある
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工科学校板橋分校跡の碑
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「花匂ふ桜ヶ丘 永遠の平和を祈る」とある、本来の場所は第五中学校だ
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フェンスの向こうに何か見える
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レンガの壁である、(防爆壁)
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フェンス沿いに歩くと、土管が並んでいる
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野口研究所に残る、弾道検査管(爆速測定管)、手前は埋まっている
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途中で折れている、もう使えない様だ
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となりのブロックに空き地がある、何か建っていたのだろう
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背面には築山がある
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弾道検査管の標的なのだが高さが変だ、弾道検査管は路面より低いが、標的は路面より1.5mほど高い位置にある
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これが標的だが、コンクリートでは無く、レンガのモルタル塗りだ、本体は地下に埋まっているのか?
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そばにはコンクリート基礎もある
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元の構造が良くわからん?
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野口英世では無く、野口遵(のぐちしたがう)氏の設立した研究所
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この前も電気軌道(トロッコ)線路跡
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この様な当時の建物が多く残っているそうだ
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裏手に見える、これなんかもそうだろう
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川を渡る
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この川も二造をこの地に造る運搬などにおける理由の一つになってる
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変なオブジェ
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いこいの水辺
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火薬製造と密接に関係している

kan様、任務完了しました
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船越にある監視哨・・・かな?
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300mmズーム
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更に拡大、こんなものでどうでしょう?
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コメント

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No title

ありがとうございます。
やはり、監視哨ですよね?
横須賀も探せばまだまだ有るのでしょうね。

kan様

丸みを帯びた、監視哨ですね!
問題は比与字の如く、入口が無いですね
下に壕口(トンネル)が見えるので、繋がってるのかな?

横須賀は奥が深いですね!