東京第二陸軍造兵廠板橋製造所(二造) その2

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川を渡ると理化学研究所(板橋分所)の裏側に出る
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覗き込む
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こちら側を紹介するのはまず無いだろう
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ちらっと見えているこれは
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遺構っぽいけど、何だろう
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現在も研究は続けられている
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理化学研究所(板橋分所)の表側はつまらん
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怪しい建物がある
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形からして、間違いないだろう
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まだある
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愛歯技工専門学校の建物、火薬庫らしい
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確かに壁を頑強に造り、屋根を脆弱にしている様に見える
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庇の形もいい感じ
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モルタルの剥がれ目から、レンガが見える
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裏側から見たところ
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川沿いに歩いて行くと何か見えてくる
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ここから入って行く
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壁が寝ている
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確かにこれなら倒壊の心配は無いが・・・・
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右側の案内板
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左側の案内板
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要石の部分と
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この部分だけがオリジナル
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造兵廠のマーク
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板橋区立金沢小学校
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校門脇のこの道を行くと
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垣根の中に陸軍の消火栓がある
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前後に星マークが付いている
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アパートの前に妙な鉄柱と石柱がある
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これは造兵廠の壁の支柱と言われている
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今は無くなってしまったが、ここに門柱が立っていた
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真っすぐ進んで行くと、ここにも支柱が残っている
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手前は治されているが、奥の壁と
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手前の化粧石は当時の物
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壁がうまい具合に残されている
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陸軍用地の石柱もある
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上部の境界線
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もう1つある
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こっちの方が見やすいが、折れた跡がある
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更にその先のここに
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小さく埋まっている
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この辺の壁もそうだろう
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無理やり支柱と融合している
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ちょっと支柱の形が斜めじゃ無いかな?
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レンガが埋まっている、何でもそれっぽく見えて来た
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路地裏には、当時家屋が未だに残っている
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桜マーク
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ぬこ
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東板橋体育館
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その奥にある加賀西公園
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圧磨機圧輪記念碑 がある
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これも時間が悪く、影が映り込む
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説明版
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黒色火薬の作り方
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板橋区指定記念物
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意外と凹凸のある表面
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裏側はキレイに撮れた
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大正十一年三月建
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ここにもエンブレムが付いている
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円盤に白いものが付いている
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なんと、貝の化石がかなり含まれている
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最後の物件「招魂之碑」
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板橋火薬製造所有志によって、火薬製造の過程で発生した事故等により死亡してしまった従業員を悼んで建てられたものだそうだ
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