横須賀製鉄所(造船所)150年 第一弾

横須賀製鉄所(造船所)とは、現在の米軍横須賀基地からヴェルニー公園にかけてあった。
江戸幕府が諸外国からの圧力をうけ、それに屈する形で横浜などを開港したが、それがきっかけとなり、自分達の力で日本を守る必要性を考えるようになった。
そのためには、海軍力を増強させ、軍艦を造り、近代的な造船所を建設する必要があある事に気づいた。
その計画を立てたのは、幕府の勘定奉行などを歴任した小栗上野介忠順である。

当時幕府は、欧米の5か国と通商条約を締結していたが、南北戦争など諸事情により造船所計画が難航する
丁度カイコの伝染病問題で死滅しそうになっていたフランスと提携し、日本のカイコと交換に技術提供を受ける
小栗、ロッシュ、栗本、カションの4人で面談が行われ、その後1か月もたたないうちに、造船所の設置場所として横須賀が選ばれる事になる、詳しい理由は分からないがフランスのツーロン港に横須賀港が似ているそうだ。

造船所建設の技術的な役割は、当時中国にいたヴェルニーに任せられた、造船台やドライドックなどの施設を建設する計画を立てたが、技術者確保と工場で使用する機械類を購入するため一時的にフランスへ帰国
その間に幕府により「横須賀製鉄所」と命名、鍬入れ式を行った
ヴェルニー帰国後、時代は江戸幕府から明治新政府へと変わるが、工事はそのまま引き継がれる。
明治4(1871)年に待望の第1号ドックが完成し、名称も横須賀製鉄所から横須賀造船所に変わる事になる。
この年の11月には、明治天皇も横須賀へ行幸して、横須賀造船所を訪問した。
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諏訪公園にある御駐碑
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戦時中の横須賀造船所航空写真
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ショッパーズの辺りにあったガントリークレーン
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軍艦高雄、進水式

さて、今年は横須賀製鉄所(造船所)鍬入れ150年という事で、色々とイベントをやっているのでちょっと覗いて来た
まずは、横須賀市自然、人文博物館で行われた富岡製糸場から発掘された、「横須賀造舩所」刻印レンガ特別展示
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かなり寂れて、人気はない
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特別展示は終わったが、常設展示で刻印レンガは見れる
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入口入ると象の骨が出迎える、まずは常設展示へ
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横須賀港絵図
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割と出来の良いジオラマ、左は今も残る第一~第三ドライドック
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後にショッパーズ~ヴェルニー公園になる辺り
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ヴェルニーさん、JR横須賀駅前にヴェルニー記念館があり、当時のスチームハンマーが展示してある
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刻印レンガ
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ヨコスカ製銕所の刻印
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横須賀村小字みかほ製
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後ろは小栗
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出土状態は良く無い
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当時の土管
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当時の地形と今の地形
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特別展示室に移動
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横須賀出土の「横須賀造舩所」
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富岡製糸場出土の「横須賀造舩所」
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富岡製糸場その他の出土レンガ
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横須賀製鉄所と造船所
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関係も何も、企業サンプルが紛れてただけではないか?
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拓本
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引き続きさいか屋に向かう
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美術画廊のフロア、6Fの一角なのだが、なんと撮影禁止
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仕方なく入口前のパネルのみ掲載
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無料とは言え、面白みに欠ける物であった、しかし猿島、千代ヶ崎砲台などにも多少触れていたので
一度くらい見てみても、それなりには楽しめるだろう

パネル撮影が出来なかったので、手持ち写真を少し貼っておく
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建設中の第一ドライドック
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ガントリークレーンと、第一~第三ドライドック
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ガントリークレーンが出来る前の船台
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日本初のドライドック
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軍艦「天城」進水
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横須賀製鉄所で完成した浚渫船
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時計台
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錬鉄所
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何となく造りが富岡製糸場に似ている
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製罐所(せいかんしょ)と鋳造所(ちゅうぞうしょ)
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旋盤所(せんばんじょ)
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30Tクレーン
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船台、造船小屋
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当時の横須賀駅前
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後に出来る、第四、第五ドック

実質的に造船所なのに、なぜ製鉄所として始まったかと言うと 「フランス人技術者たちはこの施設を海軍の造船施設という意味の「arsenalアルスナル」と呼んでいましたが、日本側はこれを「製鉄所」と翻訳しました。これは、日本側が、造船所とは鉄を加工する施設である、と考えたためと思われます」だそうだ
後の横須賀海軍工廠の前身である。

戦艦「武蔵」と思われる船体がシブヤン海1000m地点で発見された!

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150303/k10010002771000.html

戦後70年の節目、横須賀製鉄所150年とも関係はないが、誠に嬉しい限りである。
更なる調査が望まれる。
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