八鶴湖周辺遺構まとめ(煉瓦遺構)

前回の探索で気になっていた煉瓦遺構と壕口を確認して来た。
再度案内がてら、周辺遺構を見てきたので、合わせて紹介する
もちろんこれが連隊指令部関連の物との確証は無いが、背後の壕や地下貯蔵庫など民間らしからぬ物もあり
民間の地主的豪邸跡とは考えにくい
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八鶴湖駐車場に到着
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幸い雨は上がったようだ
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まずは昼飯の戦闘糧食を仕込む、20分ほど掛かるのでその間に小探索をする
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最も近い機銃陣地に向う
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土塁に囲われた壕口に到着
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ぬるっと進入する
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今回は全く水が無く、楽に進入できたが、水没常習壕である
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L字を曲がると外光(銃眼)が見える
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東金方面はこんな銃座がよく設けられるが、三浦半島にはあまり無い
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外から見た銃眼
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内部、手前が銃座
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戻って戦闘糧食を食べて一服する(やっぱり自衛隊のレーションは日本一だわ、うまい!)
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問題の煉瓦壁に到着
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奥にも1棟現存しているが、民地で入れない
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割りと広い範囲に煉瓦跡がある
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空き地の奥に壕口が見える
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良く見ると、煉瓦にいくつか刻印がある、しかし判別出来そうな物は少ない
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駐車場脇の空き地にも煉瓦壁が見える
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多分母屋があったと思われる壁と、気になっていた壕口
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煉瓦壁に開いている穴を覗くと、立派な地下室がある、立っているなら2、30人は入れそう
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キレイに掘削された壕口、手前は大分崩れた土が堆積してしまっている
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内部は倉庫壕の様だ、ゴミだらけで入れない(本編はこれだけ、後は補足かな?)
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近くにある棲息壕を見に行く
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こちらの壕口は水没している
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もう一つの壕口
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こちらはクリアー
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入ってすぐある左の通路
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さっきの水没の入り口に繋がっている
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では真っ直ぐ進む
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棲息室が見えて来た
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何度見ても、見事なベンチだ
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まるで、カラオケボックスの様だ
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ここまで居住性にこだわった壕は見かけない
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人物を入れると、そんなに広く無いのがわかる
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先に続く通路
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突き当たり、右に曲がると
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土砂で埋まって、閉塞
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ぬるっと這い出て次に行く
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指令部に摂取されていた女子高
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当時のこの建物と
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門柱のこれ、なんとなく似てるかな?
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大正七年に建てた宿泊棟が見える、老舗 八鶴亭(旧八鶴館)
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創業自体は明治十八年、しかし、怪しさ爆発な出で立ち、入店は断られるだろう
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登録有形文化財
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観光センターだと思っていたら、劇場らしい
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すてきなぬるきゃらもいる
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忠魂碑
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元師 陸軍大将川村景明書(日露戦争で活躍)
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戦没英霊、かなりの人数となる
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2、3年毎に更新されているが、徐々に小型化?
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表からは気が付かなかったが
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縦に3つに割れたようで、補修されている
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こちらの碑は読めなかった
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