新 大豆谷機銃陣地 (再調査)

何となく前回消化不良だったので、急遽山狩りに行って来た
まだ3月だと言うのに、気温が高く汗だくでの山狩りとなってしまった、涼しいシーズンは終わった
とりあえず今回の高地は丸ごと狩って来たので一応の満足を得た。
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基本無計画なので、朝の気分で東金、茂原の再探索を決めた
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朝の高速は、空いていて気持ちがいい、横浜ー東金間1時間半で着いた
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前回撮らなかった、交差点の壕口
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削られて剥き出しになった壕口
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単純壕であった
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削り取られ民家も立ち退き、拡幅されるのだろう
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きっかけはこの祠
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井戸や
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コンクリ巻きのトンネル通路などの痕跡
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山を登って見ると、下の見える穴が空いていた
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ぬこ、民家側の交通壕出口
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前回降りて来た、掘割から登って行く
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山は一面の竹林となっている、これは自分の位置が判らなく成りやすい
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取りあえず前回降りるのを断念した崖を降りた
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ここが前回気になったどう見ても人為的な掘削跡に見える場所
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斜面探索を進めると、中世の祠跡が多数散見し、無駄な労力を強要されるが、祠改造壕も多いので無視できない
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突如足元に、蛸壺があった
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塹壕が水没し、川のようになっている
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新たなる壕口を発見する
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右側の壕は単純な1本抗
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隣の壕
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中は広いのだが、民家が近いせいでゴミ捨て放題
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小森さんがお一人
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小森さんは左上、壕口の上に通気孔が開いている、これは砲室に良くある構造だ
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ライトを消してみると、良く判る(発砲煙を逃がす穴)、しかし砲室には間口が狭い
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部屋の奥には小部屋があった
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反対の奥には通路がある
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右に僅かな掘り込み、左に外光が見える
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背面の開口部、逃げ口がある壕はここらでは珍しい
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振り返ると、えらく狭い掘り込みもあった(手榴弾、火炎放射対策か)
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出て来た壕口のすぐ横にも穴がある
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向こうが明るい、交通壕のようだ
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本来この様な面は断層で、掘り下げたものではなく
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この様な祠がある自体、戦前以前の地形だ、これを利用して整形し、陣地にする
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広い空間の真ん中に、ポツンと1つ
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カメかと思ったが井戸である、兵舎でも建っていたのだろうか?
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軽く山を越え、隣のブロックに移動すると、塹壕がある
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これはさっきの交通壕の出口、山越えしたので使っていない
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他にも壕が3つ並んでいる
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いずれも小さな倉庫壕だった
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今度は交通壕を使う
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この壕を出て、外部探索を再開する
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しかし、祠だらけで嫌になる
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最端まで来たので、ルートをずらしながら戻って行く
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軍道の痕跡をとらえ、辿って行くと
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壕があった、判っているが一応入る
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機銃台座
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二脚を立てて、ここに軽機を置いていたのだろう
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この小さな穴を覗き、兵士は何を考えたのだろう
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中央やや右に銃眼があるのだが、発砲しないかぎり発見できないだろう
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もう1つの陣地
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わずか2週間で水没していた
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最大この線まで(銃眼の高さ)水が溜まるようだ、致命的な欠陥だ
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戦時中は庇でも付けて、雨水が入らない加工でもしていたのだろうか?
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銃眼の右側にも、壕が並ぶ
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小さな単独だが、キレイに造ってある
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次の壕口
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これは祠かも知れない
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次の斜面の壕口の前で、銃を拾った、特異な形状をしていた
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壕は広いが数m
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次の壕
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これも大した物ではない
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こちらも端まで来たようだ
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さぁ、次に向おう
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あれ、なんか上にも開いてない?気のせいかな?
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バナナ
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