和田砲台 探索記(不発)その3

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ハチに撃退された我々は、一度漁港に戻って来た
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地元の方の話では以前は熊野神社から上れたとの情報だった
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戦捷紀念碑、日清戦争時の物のようだ
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高台の先端部で埋められた壕を発見
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一応ブロックで塞いでいたようだが、向こうに貫通している物もあった、監視所的なものだろうか
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神社としての社務所だろうか、荒れ果てて誰もいない
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隣に墓所があり、在郷軍人などの墓がいくつか混じっていた
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行けそうな所を当たってみるが、人通りの耐えた道は、夏草に覆われ侵入を拒んだ
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已む無く撤収、近くにあったバス停、2時間に1本って・・・・
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島状の高台に鳥居が見える
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回り込んでみると穴がある、しかし流石に庭先に入る訳にも行かず、あきらめる
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またもや漁港に戻り、今度こそ移動する
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途中の道路看板に釣られ、鴨川市郷土資料館に立ち寄る
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鴨川と戦争 ~戦後70年~ なる物をやっていた
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玄関脇の発動機、常設でヤンマーなどの農耕用のようだ
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しばらくやっているので、興味があれば行って見るのも良いが200円取られる
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自分的にはむしろ、こっちに行きたい
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1階は常設展示、2階に向う
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客はもちろん貸切状態
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地方展示物にしては、そこそこの物がおいてあった
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大部分は軍装が占めていた
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金属の湯たんぽは姿を消し、代用の陶器製
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慰問袋は良く見るが、函は始めて見た
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12.7mm弾
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目を引くものがあった
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偽陣地とは敵の攻撃を散らし、遅滞させる為のダミー
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そんな中、次の目的地が記載されていた
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目に付いたチラシ
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このチラシは税関なのだが、親しい銀行関係の人に聞いてみたら可能なものは換金しているそうだが、貨幣価値が違い出来ない物もあるらしい、既に効力の無くなっている(金銭として認められない)物もあるので、要確認だ
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戦時債券、軍票、じゃり銭類多少紹介しているので、カテゴリー「軍用手票(軍票)等」からどうぞ
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小湊震洋基地、掘削中に終戦となったので、壕が見えるのは一つだけ、後は埋められているようだ
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本日の最終探索地、袋倉にやって来た
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離合不可能な道を登って行く
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やって来た山頂部切り通しなどはあるものの、痕跡は発見出来ない、しかも地盤が悪くぼろぼろだ
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射線としてはここは最高に良い場所だ
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しかし、この状態ではこれ以上の探索は不可能だった
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帰り道の道すがら、ちょっと寄り道をした
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ちょっとだけ通りずらい所もある道を抜ける
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最早電気の流れていない、獣避けの電流柵を辿っていく(立ち入り許可は取ってます)
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山林を河原に下りていく
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沢に到着
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水かさは少なく、長靴で十分渡河できる
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どんどん上流に登って行く
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たまにホールが有るので、はまらない様に注意
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この辺りの壁面に
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穴がある
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もちろん水の道である
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今回の目的地、滝である
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正面から見る、お分かりだろうか?
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そう、穴である!隣を流れる川から直接水を貰っているのだ下流で農業でもしているのだろう
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携帯の電波すら入らないこの深山で、良い物が見れた
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さぁ、沢を降りよう、なんて一人で感慨にふけっていたら
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隣ではこんな風景が広がっていた
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ひと風呂浴びてすっきりしたきへいさん
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帰りがけの名も無いトンネル
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なんでもないトンネルの中に
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地下壕出現!
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もう一つあったが、激しく水没している、どうしょもない
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久留里に戻って解散となった、この頃にはハチの痛みも大分治まった
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さぁ、横浜に帰ろう
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帰りのアクアはいつもの大渋滞、快適な3時間半を過ごす
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ふと見上げると、面白い雲が浮んでいる、軍艦にも見え、天狗にも見える
アクシデントは有ったが、楽しい探索となった、またいつの日かリベンジに来よう!
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コメント

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No title

こんにちは、おおっ奥米の開墾場の滝!反応しちゃいました(笑)
戦跡じゃないのでどうでもよいでしょうが、
あれは隣の川じゃなくて「川廻し」という技法による一本の川のショートカットで、
それにより干上がった蛇行部分の土地はここでは林業に使われたそうです。今は放棄されてますが。
明治時代の遺構だそうですよ~

bunnytheflat 様

さすが良く御存知で、御見それしました!
流石に詳しいですね~そうだったんですね~別の川かと思ってました
明治期からあったんですね、すごい技法ですね。
しかしこんな所まで知ってるとは・・・

No title

きへいさんの川での入浴光景、バカうけですわ。

今回は水量が少なかったので迫力に欠けますが
雨季は轟轟と水が落ちて迫力があるんですよ。

砲台探索が不発だった場合の予備として
勝浦の銭湯も考えていましたが、きへいさんが
川で入浴するとは
お茶目でホント面白い人ですわ。

隊長様

当日はお疲れ様でした

和田は是非にリトライしましょう!
次回の探索が楽しみです。

きへいさんはほんとに良いキャラですね~