コンクリート船武智丸

戦時体制下であった日本では輸送手段の貨物船も、造船用鋼材も極度に不足していた。舞鶴海軍工廠技術中佐であった林邦雄は800トン級貨物船をコンクリートで作る承認を艦政本部から得た。この計画に大阪府土木会社の武智昭次郎が事業に名乗りを挙げ、兵庫県印南郡曽根町(現在の高砂市)の塩田跡に新設された武智造船所でコンクリート船体が建造され、艤装は岡山県玉野市の三井造船玉野で行われた。寸法などは戦標船E型に準じて製作された。 このコンクリート船に先立ち、エンジン等の自走機関を持たない被曳航油送船が1943年(昭和18年)に5隻建造された。武智丸はいずれも海軍輸送船として引き渡され、第一武智丸が1944年(昭和19年)6月竣工、ついで第二、第三も竣工。主に石炭や製鋼原料、雑貨輸送に利用され、瀬戸内海を中心に一部は南方へも航海した。

第三武智丸は1945年(昭和20年)7月10日に瀬戸内海の小豆島沖で触雷沈没。 第四武智丸は艤装中に終戦を迎え、終戦後完成したが台風で神戸沖で9月17日に座礁し、のち廃船。 終戦後も残存したのは、第一・第二の二隻のみであった。wikiより

本文中の被曳航油送船も1隻残っているので、後に紹介する

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国道185号線34.281574, 132.757048ポイントより眺める
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水の守り神 武智丸
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説明板
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船首から回り込む
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船首の楊錨機
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覗き込むと、海面が見える
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レール状の溝から、甲板に降りる
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砂利の敷かれた甲板
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振り返る、飛び降りた錨鎖甲板の左手に
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切り取ったような、入り口がある
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水没した船首部分
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舷側から降りてみる、船首のみ鋼板でカバーされているのが判る
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右舷側はこんな感じ(足元は異様に滑るので注意)
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甲板に戻る
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何かが取り付けられていた跡
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円形のボルトを見ると、機銃でも据えていたのかと、思ってしまう
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船倉開口部、完全に水没している
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後部船体部に入る
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船の骨格のような空間
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丸い窓が二つ
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舷窓から顔を出してみる
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船の後ろの方は水が溜まっていて入れないDSC06702_R_20150917233407e93.jpg
船倉を覗き込む、恐らく雨水なのだろう、漁礁と違って魚影は見えないDSC06704_R_201509172334098cc.jpg
天井、上甲板のハッチから光が入る
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船尾方向、柱の後ろにハッチが開口している
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船尾から船首方向を見る、軍艦島の廃ビルのようにも見える
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舷窓の丸窓から見る海は、また格別である
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この船は、地元に愛されているようで、落書きなどを見かけることはあまり無かった
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船底に降りてみたいが、無理なようだ
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上によじ登ってみると、なんとすぐ横に道がある、苦労して上った自分の立場は?
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あるものは有効に使って、隣の船に移動する
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接合部到達
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接合部と言っても、本当にくっついてる訳では無い
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2隻目の後部上甲板、当時はきっと木甲板でも貼ってあったのだろう
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1隻目を振り返ると、見事な曲線がいい
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後甲板のハッチ、落ちたらえらい事になる
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通路はつまらないので、梁の上を歩く
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正確には舷側部だが、幅10cmぐらいで、横はすぐ海だ、真似しない様に!
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中甲板を見下ろす
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1隻目より、かなり状態がいいようだ
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取り合えず、下に飛び降りる
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驚いたカニに威嚇された、ごめんよ!
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船尾に向う
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汚泥が溜まり、これ以上は行けなかった
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中央部に向う
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巨大なプールと化した船倉
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船蔵を覗き込む内部は鉄骨なのか?
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甲板構造は同じようだ
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所々に残る係船具の跡
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舷側の木材
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船首方向に向かう
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船首の中は、漁具が捨て置かれている
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上に登る
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この船も船首部分だけ鋼板が張られている
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船首を見る、中々するどい
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この先は普通の防波堤が延長されている
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左舷側も見てみる、海側の方がやっぱり風化か進んでいる様に見える
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さて、戻るとするか
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この二隻は、これからも寄り添うように、港を護ってくれるのだろう
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仲良く寄り添う感じが印象的だった
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コンクリート船武智丸を後にする




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