大空山堡塁(大空公園) その1

明治期に軍用地として山上に砲台(大空山堡塁)が築かれ、太平洋戦争当時は高射砲陣地となって一般の登山は禁止されていた。以前砲台が築かれていたことから砲台山とも呼ばれている。

終戦後、砲台跡地は大空山公園として整備され、公園内には1,200本の桜があり、桜の名所となっている。砲座跡地に建設された展望台からは阿賀、広、横路など呉市東部の街並みが一望できる。 また、弾薬庫跡など一部の建物はそのまま残されている。
wikiより

明治35年4月着工、 明治36年12月竣工、大正15年8月 廃止
備砲 無し(28cm榴弾砲 2砲座×各2門 計4門が配備予定だったが砲不足の為、備砲無しの状態での竣工となった。
結局廃止となる大正15年まで28cm榴弾砲が装備される事は無かった。
呉軍港の背面を防備するための堡塁砲台として、整備されたが、バルチック艦隊は来なかった。

高烏砲台同様、大正15年に管轄が陸軍から海軍に移っており、昭和20年1月に88式7.5cm高射砲6門が設置され、大空山防空砲台として呉防空の為、やっと砲台としての機能をはたした。
正式には八八式七糎野戦高射砲、0.5は付かない、高射砲と書いてある様に、陸軍の砲である
海軍所轄地になったのではと、疑問が残る、再移管だろうか?
ちなみに高射砲は高位置、観測所付近にも据えられたようで、旧砲座に4門、観測所付近に2門だろうか?
〒737-0115 広島県呉市広町25
34.242806, 132.603098(グーグル)

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安芸灘大橋を眺めながら、国道185号線を走る
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仁方第二トンネル通過
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道中で見かけるお墓には、何故か派手な装飾が成されていた、土地の習慣だろうか、あちこちに見かけた
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結構狭い道を上ってきた、車で15分ほど登るとこの看板のある分岐に憑く
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目に付くのがこれ、かまぼこ型の弾薬庫
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側面は石積み、上部はコンクリートのようだ、側面には唯一の出入り口がある
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実際、オープンな、かまぼこ型弾薬庫とは、かなり珍しい物だ、本当に弾薬庫か?
良く調べると、これは火薬支庫であって、隣には装薬調整所があったようだ、一般に火薬と弾薬は一緒に考えられやすいのか
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普通、出入り口となるこの面には窓しかない
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土塁側の隙間に入り込む、雨が降っているので、足元は最悪だ
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道路側は塞がれている窓も、こちら側は開いている
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右側を覗く、枝の束で埋め尽くされている
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左側、やはり防湿用のコールタールなどは、見受けられない
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唯一の入り口がこの小ささ、人が立って入れないのだ、作業出来ないだろう
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土塁側のコンクリートは作りも荒い
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横の窓から見た、内部全体(天井の黒ずみは、戦後の焚き火などだろう)
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車に戻り、砲台を目指す
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平和の庭?
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駐車場(無料)手前には当時からのものか、井戸がある
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立派なトイレはあるが、自販機などは何も無い
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歩道を上がるとすぐに砲台に出る
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石積みの小隊長位置、神奈川では見かけない作り方だ
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砲座、2門一組で1座となる
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小隊長位置から望む
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案内板があった
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砲座間の砲側庫、これも石積みである(内部はコンクリート)
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内部は物置となっているが、下部は石積みなのが判る、最奥面は丸くなっている
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砲座、砲側庫間に上への階段がある、2座とも同位置にあるので、観光用では無く、オリジナルだろう
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頭標高柱?何だろう?
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コメント

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No title

お墓に飾ってあったのは、この辺のごく限られた地域の風習みたいです。
これ、お盆の時はコンビニでも売ってますよ!

kan様

やはりそうなんですか、呉市内から江田島に至る、あちこちの墓地で見かけました、お盆の時期だけって訳でも無いのですね。

しかし、夏場でも公園化された地域は砲座もきれいに見えるので、助かります
手入れされていない所は散々でしたが・・・

最後の標柱はなんでしょうね?