呉 歴史の見える丘

歴史の見える丘とは、軍港都市から平和産業都市としての道を歩んだ、明治以降の呉の歴史が一望できる場所として、1982(昭和57)年に完成した物で、道路脇の細長い一見見過ごしやすい傾斜地にある。
この丘からは、「旧呉鎮守府庁舎(現:海上自衛隊呉地方総監部庁舎)」や呉で造られた戦艦「大和」を建造したドックの上屋を眺めることができる。
現在、ドックは埋め立てられ、上屋(骨組みは当時のまま)だけが残っている、また、大和、長門の主砲徹甲弾や造船船渠記念碑、正岡子規の句碑などもあり見るものは多いが、駐車場などは無い。
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こんな通りの一角にある
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旧呉海軍工廠礎石記念塔
1982(昭和57)年に残存していた旧呉海軍工廠の礎石を集めて建てたもの、縁石には堺川にかかる二重橋に使用されていたものを使い、銘板が取付けてあるレンガは旧海軍呉鎮守府開庁当時の庁舎建材を使っている。
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「第四工場、明治明治十八年建之」
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敷地内に入る、入り口には砲弾型の車止め?が立っている(白いの)
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渡辺直己 歌碑
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旧呉海軍工廠礎石記念塔を横から見る、「起工 明治二十二年四月」
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説明板
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「明治三十五年起工 明治三十六年竣工」
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「起工 明治二十七年六月」
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「噫(ああ)戦艦大和塔」戦艦大和を建造した旧呉海軍工廠を望むこの地に、1969(昭和44)年の第30回大和進水日(8月8日)を記念して呉大和会により建てられた。
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艦橋はかなりイメージが違うが、マストは似てるかな?
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船体構造の絵が地味に描いてある、左右の砲弾は違う物
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左のちっさい方
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戦艦長門の主砲徹甲弾
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右のおっきい方
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戦艦大和の主砲徹甲弾
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戦艦「大和」を建造したドックの上屋の一部が見える
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ちょっとズームしてみたが、大和はいなかった・・・
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護衛艦なら近くに落ちていた
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展望図
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「澤原為綱翁之像」
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像は何処に?
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子規句碑 「軍港 呉かあらぬ 春の裾山 灯をともす」 正岡子規
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説明文
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全景を撮ってないが、一つの石にはめ込まれたパネル説明板
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造船船渠の銘板、なんと全体を撮るのを忘れてしまったようだ
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仕方ないので、画像検索から頂いてきた、戦艦・大和をはじめ、時代を代表する商船を数多く建造した旧呉海軍工廠造船船渠(ドック)が埋め立てられることになり、ドックの壁石を使ってドックの底に下りる階段を再現したもの
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地図で言うとこの辺
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