呉 休石砲台

休石砲台は音戸の瀬戸の防衛目的に、、 9cm速射カノン砲2門を配備していた
明治34年3月に竣工しているが、大正15年8月には廃止されている。
老人ホーム裏手の山にあり、音戸の瀬戸公園からもアクセス出来るがホーム側の方が近いと言うか、敷地内だ
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灰ヶ原砲台の探索後、下に降りて来たら雨が弱くなってきた
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目印の音戸大橋の下をくぐる
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音戸方面に走る
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立派なループ橋なのだが、観光地にはならないようだ
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目的地、某老人ホームに到着
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ホーム受け付けで、事情を説明して敷地内に立ち入らせて貰った
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敷地奥に、音戸の瀬戸公園への接続口がある
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こちらから登って行く
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門柱が見えて来た
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この門の向こう側が、目的の休石砲台であるが、夏の雨降りと、最悪のコンデションの訪問となった
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金属は盗られているが、比較的良好な状態の門柱
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濡れた草薮(膝丈ぐらい)を、変えのズボンも無いのに突入して行く
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砲側弾置場が綺麗に残っている
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奥に穴が見えている
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明治砲台独特の上部構造
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フェンス越しに覗くと、御影石の前室が設けられた、弾薬庫だった
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状態はいいのだから、整備して公開しても良いと思うのだが・・・
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小さな砲側弾置場が一つある
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砲座の胸墻が並んでいる
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砲座のコンクリート、V字の溝が入っているのだが、見難い
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ちょっと掘ってみた、やっぱり良く見えない
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折角の遺構なのだから、もうちょっと綺麗にしてほしいものだ・・・
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胸墻側の砲側弾置場?はコンクリートで塗られていて、奥行きがある
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手前のは化粧石で綺麗に装飾されていた
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蓋の取り付け金具は残っていた
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砲座の中心に置かれた、無粋なタンクが景観を残念にしている
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周辺の石垣は不思議とコンクリートも使わず、雑然と積まれているようだ
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施設部分にだけ、コンクリートは使っている
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少し雨が緩んできた、そろそろ撤収する(砲座からの射界を望む)
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音戸の瀬戸公園へは門柱からこの坂を登れば行けるようだが、いっていない
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次の目的地に向って下山する
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ちゃんとホームにお礼を言って、少し話を聞いて見たが、砲台に関しては何も知らないようだった
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日本一短い航路「音戸の渡し船」 なる物がある、音戸の瀬戸90mを片道3分で結ぶ日本一短い定期航路で、建造から50年以上になる、長さ9m、定員50名の木造船が、音戸の瀬戸を軽快に往来している(片道70円は安すぎる)




広島の旅も終盤に入った、後1~2回書いたら終わるだろう
実は広島に行ったのは1年以上も前の事なのに、未だに書き終わらないのだ
どうしてもライブで進行している探索や自衛隊イベントが、先行してしまう
極めつけは雛さえあれば関西に行っている事が大きいだろう

最初の数回は見知らぬ慣れない風景に興味を惹かれて行った
回を重ねる毎に、方向性が確立して行くのに気付いた、自分のやりたい事
「今は京都の事が知りたい、そして楽しみたい」って考えた
大切なパートナーの街京都、この街をもっと良く知りたい
知る事で絆も深まって行く気がする、共に歩く事が楽しい
そう思える人がいる事がうれしい

今でも戦跡探索は好きだし、やってもいるが紹介物件が溜まって行くばかり
それだけ京都にはまっている、しかし金閣銀閣みたいなメジャーは興味がうすい
二人で歩く裏道や何気ない通、そんな所で見つけた気になるお店で食事をとる
小さな神社や古い建物を見るのが、たまらなく好きになった
そんな気持ちにさせてくれた出会いに感謝する
ずっと感謝しながら生きて行きたい、共に
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