神戸 旧外国人居留地を歩く その1

外国人居留地は、政府が外国人の居留及び交易区域として特に定めた一定地域をいう、近代日本では1858年の日米修好通商条約など欧米5ヶ国との条約により、開港場に居留地を設置することが決められ、条約改正により1899年に廃止されるまで存続した。
築地居留地、横浜居留地、川口居留地、神戸居留地、 長崎居留地、箱館居留地、新潟居留地などがあった

居留地は外国人を一ヶ所に集めておけるので、日本人との紛争防止に役立つなど、日本政府にとって便利な面もあったが、やはり治外法権、領事裁判権を認める不平等条約の落とし子であり、国家的な体面から容認できないものであった。このうち、列強側の維持費の都合から、長崎では1876年に居留地の返還が行われ、横浜でも1877年に日本側の行政権が回復して事実上撤廃されたが、他の居留地は依然として継続された。
神戸の外国人居留地が日本に返還されたのは、不平等条約改正後の明治32年(1899年)であった。

神戸市街地は1945年に大空襲を受けたため、現在の神戸市役所西側一帯にあった居留地時代(1899年以前)の建物で残っているのは旧居留地十五番館(旧アメリカ合衆国領事館、国の重要文化財)が唯一で、多く残る近代ビル建築は主に大正時代のものである
DSC02261_R_20160315180919671.jpg
三宮駅から近いのは、多分ここだろう
DSC02263_R_20160315180922293.jpg
場所はここ、駅から生田ロードを真っ直ぐ来れば良い
DSC02262_R.jpg
神戸朝日ビル
DSC02264_R_20160315180924cfe.jpg
半円形の入り口が特徴的だ
DSC02265_R_2016031518512680a.jpg
居留地ビルは、複合商業ビルになっているか、大手企業が再利用している
DSC02268_R_201603151851317b7.jpg
一見すると歴史のあるビルに見えてしまうが、1994年に外観を復元したものだ
DSC02267_R_2016031518512989d.jpg
浪花町通りに面している
DSC02266_R_20160315185127334.jpg
テラスの装飾などが、ちょっとだけ年代を感じさせる
DSC02269_R_20160315185131f1f.jpg
内部は1994年の近代化改装後なので元からなのかは判らない多分違うだろう
DSC02275_R_20160315192530720.jpg
写真左の柱の下に、案内板が立っている
DSC02271_R_201603151925257f1.jpg
居留地の遺構は殆んどこんな看板で説明がされている(無い物もある)
DSC02272_R_20160315192527ec3.jpg
神戸朝日ビル(現神戸朝日ホール)
DSC02273_R_2016031519252999a.jpg
旧神戸証券取引所(渡辺節設計、1934年築)の外観
DSC02278_R_20160315195154a15.jpg
道を挟んだ反対側にある柱
DSC02277_R_20160315195151af9.jpg
三菱銀行三宮支店、柱頭部分の遺構
DSC02279_R.jpg
時間が無いので移動する
DSC02280_R_20160315195156478.jpg
大丸神戸店
DSC02282_R_20160315195157ea0.jpg
創業1717年
1458039860883_R.jpg
実に綺麗な歩道とビルである【sana撮影】
IMG_0978_R.jpg
居留地行事局(明治32年返還時)
今は大丸旧居留地38番館が建っている所である、ちなみにこれは外国人サイドの警察署の様な物の建物
DSC02601_R_20160316202428c76.jpg
大丸近くのカフェでモーニングを食べる
DSC02603_R_20160316202432a87.jpg
モーニングやすい!
DSC02607_R_2016031620243452e.jpg
店内は分煙でいい感じだった
DSC02605_R_2016031620243370e.jpg
ハート入りのカフェラテ
DSC02606_R_2016031620401061d.jpg
モーニングセット
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント