京都 祇園祭(2016年) その5(山伏山)(函谷鉾)

この名は山に飾る御神体(人形)が山伏の姿をしているのでこう呼ばれる。昔八坂の法観寺の塔が傾いたとき法力によってそれをなおしたという浄蔵貴所の大峯入りの姿をあらわしている。
左手に刺高数珠、右手には斧を持ち腰には法螺貝をつけている。欄縁金具は飛鶴、水引は機織図を描く綴錦、前懸は雲龍文様の刺繍、胴懸は花卉胡蝶文様の綴錦を用いている。見送は龍波濤文様の綴錦で、平成11年に復元された。
巡行の数日前より聖護院の山伏たちの巡拝があり、また八坂神社からの清祓も行われ、神前に供える三宝も仏式の黒塗のものが用いられている。明治初年の神仏分離以前の姿をこの山にみることができる。
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室町通を少し上がると山伏山が見えて来る、9時近くになるとこの人通りになる
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ホテルの一角が山伏山の授与所に協力している
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帆掛け船に見えるが、山である
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この山の重さは600kg、月鉾の重さ12tがいかに重いか想像してほしい
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見やすいようにか、提灯をちょっとずらしてある
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まだ装飾品の類いが準備されておらず、ちょっと残念だった
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保存会の人達の作業は、これから始まるようだ
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本当にこの時期は、道路一本封鎖してしまうのだ
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街中の理解と協力があっての祇園祭だなと、感心する東男であった
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ふと、二階を見上げると、山に飾る御神体(人形)の山伏の姿が見れた
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日本の祭りの夜の主役は提灯ではないだろうか?



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四条通に出ると、大型の鉾が並んでいる
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函谷鉾(かんこほこ)、ほかに(かんこくほこ)(かんこくぼこ)とも言われる
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大型の鉾で、月鉾と同じく12tの車重があるそうだ
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パッと見の形状も、月鉾に良く似ている
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見上げると、なかなかカッコいい
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御神燈の向きがバラバラなのが残念
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樽酒72リットルで10万は下らないだろう
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あすの函谷鉾をつくる会、会場(準備中)
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鉾の名は中国戦国時代(前403~221)斉の孟嘗君が鶏の声によって函谷関を脱出できたという故事にちなんで付けられている。鉾頭の月と山型とは山中の闇をあらわし、真木のなかほどの「天王座」には孟嘗君、その下に雌雄の鶏をそえている。屋根裏の金地著彩鶏鴉図は今尾景年(1845~1924)の筆、前懸は、旧約聖書創世紀の場面を描いた16世紀末の毛綴で重要文化財を平成18年復元新調している。
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全て月桂冠の提灯、並みのスポンサーではない
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逆光の鉾も榊が太陽に透けて、鳥の様だ
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水引は山鹿清華作の手織群鶏図、胴懸は梅に虎を織り出した17世紀李氏朝鮮絨毯、花文様インド絨毯、玉取獅子図中国絨毯の三枚である。見送は古く弘法大師筆と伝える紺地金泥の金剛界礼懺文と天保年間(1830~43)にこれを模織した立派なものがあるが最近に皆川泰蔵作「エジプト天空図」を新調した。
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巡行前の山鉾もいいのだが、本当は組み上げている途中の方が見てみたい対象なのだ
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この巨大な鉾達は、釘の一本も使われていない、全て組み合わせと荒縄を使った「なわがらみ」の技法で建てられる
きらびやかな部分も良いが、そこに至るまでの苦労や技法にも着目してみたいのだ
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鉾頭の月と山型とは山中の闇をあらわし、真木のなかほどの「天王座」には孟嘗君、その下に雌雄の鶏をそえている
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奇跡的に人の途切れた瞬間、0900以降こんな瞬間はまず来ない!
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ちょっと手ぬぐいに惹かれる物があるが、まだ販売はしていなかった
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闇に入るちょっと手前の時間がいい
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昼が終わり、闇に包まれるまでのほんの少しの時間
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何かが終わり、何かが始まる時間
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そんな狭間の時間に自分が置かれているんだなと思うと、ふと思う事がある
京の街の流れて来た時間、過去が終わり現在に自分がいて、明日という時間に伝えられて行く
なんとなく似ているなって思った、自分がいるのはただの中間点(通過点)に過ぎない
過ぎて来た1000年の歴史の中間点、これから始まる次の1000年の為の通過点

京の街は1000年の歴史をただ継承するだけではなく、現在に居る自分達が次に繋げるために
新しい努力、創意工夫を怠らない、新しい分野にも挑戦し、伝統文化を更に進化させていく
例えばデニムのジーンズを京の染め物の技術で染める
ルイスヴィトンのスカーフの染めや、 ヨウジヤマモトのオートクチュールに染めで参加するなど
新しい挑戦をし成果を出す、そんな努力が世界に認められています

ただ伝統や技術を伝えるのではなく、日々いろんな分野で新しい技術を取り入れ進化する
されど伝えられた歴史と心は忘れない、そんな街なんだと思えるようになって来た
そんな目線を持てるようになってきた自分が最近少し好きになって来た
自分が好きになる瞬間ってあまりないと思う、そう感じただけで良かったと思う
1000年という"時間の重さに力がある"、それを肌で感じることが出来たと思う
ほんの少しでも・・・
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