京都 祇園祭(2016年) その6 (誉田屋さんと八坂さん)

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一見、誉(ほまれ)と読んでしまったら、sanaに「ちゃうちゃう、こんや!」って怒られた
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帯問屋 誉田屋源兵衛さんのお店
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sanaの部屋でも紹介した、『 鯉の滝登り 』という幟、 鯉が278匹描かれているという
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この中に、幸せの金色の鯉が8匹いるらしい、2008年から一匹ずつ毎年増やしているそうだ
目立つ山鉾以外でも、個人で祇園祭を楽しんで貰おうとしてくれている人もいるのだ、京都人の心意気だろう
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軒先で出店しているお茶を飲みながら、「鯉の滝登り」 を眺めるのもいいだろう(まだ開店前だった)
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以前のsanaの部屋で平素の店頭が紹介されているので、違いを見比べるとまた一興である
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近くにある伊右衛門サロン
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朝がゆなどもやっているので、寄ってみるのもいい
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烏丸通に出ると、懐かしい建物が見えた
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後の建物が無くなった手前だけの新風館
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特徴的なこの部分は残して貰えそうだ
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工事中の柵の中は、どうなっているのだろう?以前の写真はここでチェック
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知恩院の前を通過
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よしもとも賑わっている
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八坂神社(地元は、やさかさんと親しみを込めて呼ぶ)に到着、祇園祭の幟が良い
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今日はここに大事な用事がある
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早朝から賑わいを見せている境内
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普段より屋台も増えている
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御朱印所に向かう
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まずは、祇園社の御朱印をもらう
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もう一つ大事な用事はこれ、お守り
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一年間お世話になったお守り、お札、ちまき等を納めに行く(納札所とは、お役目を果たした御札や御守を返納する所)
ちなみに違う神社で買った物も受け付けてくれるが、神社の物は神社へ、お寺で買った物はお寺へ返納しよう
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新しいお守りを手に入れたので、去年のお守りを返納する
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一年のお礼を述べ瞑目
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一礼して辞する
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今年もsanaが自分の為に用意してくれたお守り、数量限定でかなり手に入れるのが難しいレア物である
この左側の黒いのは、山鉾巡行辻回しの時に地面に敷く竹を焼いた炭で出来ている、ゆえに数量が限定される
青いお守りの中にも、粉末状の竹の炭が入っている縁起物だ
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長刀鉾のちまきも手造りゆえの数量限定で、地元でも入手困難なのだが、、、sanaありがとう
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人が増えて来たので、退散する


過去から現在、そして未来へと受け継がれて行く京都の時間という重さ
その現在において、ひと時でも参加できた事を感謝する
現在の時間を生きる京都の人は過去の人達に感謝している、しかし
未来の人に現在の自分達を感謝して欲しいとは思ってはいないだろう
ただ、自分たちは過去の時間を引き継ぐだけ
より良くする為の努力は怠らないが、劇的な変化も求めない
幕末にほぼ全てのお城を破壊してしまうような、劇的な変化は求めない
1000年という時間の中で培われた、ゆっくりとした、それでいて力強いもの
祇園祭で一体となる京都人の心意気、感謝と共に引き継いで行って欲しい
自分一代では無理な事でも、150年かけて復活を成し得た大船鉾もいる
≪自分で終わりではない、完結しなくても良い、我一代で成し遂げられずとも良いのだ≫
その考え方に感心させられた東男であった
自分は引き継ぐ者、その先の未来を信じて今を生きて行く
そんな京都が大好きです
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