霞ヶ浦海軍航空隊基地(再訪その1)

今年の夏は仕事の都合で茨城県の霞ヶ浦に勤務地が移動されていた。
京都に通うのがちょっと大変だったが何とかなるものだ、たかが往復で4時間増えただけの事。
せっかく茨城まで行ったので、かの震災の前に行ったきりだった茨城の戦跡をいくつか回ってきた。

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一夏過ごした霞ヶ浦の、陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地内にある
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公報センター内の展示模型(ジオラマ)なども参考に交え、紹介したい
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同基地内の一部が旧海軍航空隊基地の敷地だったので(飛行場地区)幾つかの遺構が展示されている
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と、言ってもこの程度しか屋外には置いてない
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展示用のジオラマ模型(格納庫が現存)
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手直しはされているが、骨組みは当時のもの(基地内部撮影)
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基地外周から見てみる
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一部は民間会社に使用されている
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飛行機が置いてある掩体壕が現存している(赤い紐は現在の自衛隊敷地境界線)
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これは民間のお宅の所有物になるので、許可無く立ち入りは出来ない
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訪問理由を述べ、キチンと対応すれば快く撮影を許可して下さる良いお宅でした
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以前は無かった案内看板が立っていた、お話を聞かせて頂いたところ、終戦後大陸から引き上げてきた所、住む所が無くなっていて、たまたま軍の引き払いであった掩体壕を家がわりに周りの土地と共に購入し畑を作ったそうだ、他にも同じ様な掩体壕があったが、全て破壊された。
家として使用していたこの掩体壕だけが生き残り、現存している
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現在は隣の住居に住んでいるが、物置として使用中
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許可を取って登ってみた、滑るし高いのでお勧めはしない(あくまで自己責任で迷惑をかけないように!)
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中央辺りの白い倉庫が、落下傘倉庫である
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(株)協和発酵工業の正門横に現存している
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現在も使用されているらしく、パイプなどが増設されている
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外観的には窓枠なども、ほぼ当時のままのようだ
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出来るだけ当時のままに、残しておいて欲しいものだ
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中央格納庫(鉄骨レンガ製6棟中、5棟が現存)
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(株)井関農機茨城センター内に有る
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左奥がジオラマの赤い建物だろう
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屋根の通気孔が特徴だ
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周辺施設もかなり残っている
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当時から残る土塁、この奥にも建物がある
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ちょどなんか飛んで来た
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駐屯地の飛行場に降りるチヌークだ、でかいが実はかなり機動性が良く、隊員だけの時はかなりの角度で飛び回る
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落下傘格納庫が裏側から見えた
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ここの左奥にも土塁に囲まれ、トンネルで出入りする火薬庫らしき物が上空写真では見えている
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阿見町役場の前にある
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阿見町立阿見小学校の校門も、霞ヶ浦海軍航空隊の門柱を移設して保存利用している物だ
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当時ここに鉄筋製の貯水塔及び貯水槽、機銃痕の残る建物もあったが、全て無くなっていた
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残骸のみ
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当時は会社敷地内にこんな貯水塔が建っていた(5年ほど前の写真)
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県道34号線沿いには、慰霊碑が立っている
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地下には謎施設がある
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これは民間有力者の個人防空壕なのかも知れない



2010年の四月頃の訪問記   霞ヶ浦海軍航空隊基地
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