千葉 大月28cm榴弾砲陣地発見!(第二砲座)

前回に続き第二砲座を紹介して行く
砲座を確認し、単独で山頂に登り観測所、機銃陣地の有無を確認しに登って見たが、発見には至らなかった
榴弾砲なので直近に観測所が必要無いのは判っているが、確認の為だ。
ここには28cm榴弾砲が二門配備との記述が有る、第二砲座の位置関係も知られてはいない
全て足で探すのがアナリストだ!

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自分が山頂に登っているうちに、もう一つの砲側弾薬庫を見つけておいてくれた、すぐ隣に有ったのだ
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入り口の形状は良くない、派手に崩れていて、斜度が割りとある
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壕口は難だが、入ってびっくりするぐらいの状態の良さ
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しかも入ってすぐからコンクリートパネルが轢いてある、こんなのは見た事がない
第一砲座がすぐ左側に有るので、そちら側へも給弾出来る様にとの配慮だろうか?
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最初の分岐点、妙に綺麗過ぎる
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斜め左方向に伸びる通路はコンクリートの床も無くなり、狭い通路で終わっている、信管庫、油脂庫みたいな物だろうか?
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右側に伸びる通路に向う
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兵(砲)員生息室、奥行きは20m以上あるだろう
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弾薬庫ブロックとの間に、隔壁を設けているようだ、第一第二共に同じ位置に加工の跡がある
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メイン通路壁面にある二本セットの木杭、第二の方には沢山見られた
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70年間以上手入れもされていないのに驚くほど状態が良い
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天井も屋根型に整形されている
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側溝もコンクリートで固めている所がある
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通路に戻るとまた、仕切りの部分がある(人物比ねこさん180cm)
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結構長い通路なのだが、整備されているせいで、長さを感じない
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砲側弾薬庫の入り口部分をよく見ると
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扉を付けていた跡が見える
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十字路がある
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右は外部への壕口となる、水没している
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壕口側から見るとちょっとで床のコンクリートパネルが無くなっている
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メイン通路左側の爆風避けの空間
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正面奥に進む
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正面は行き止まり
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左側は最も状態の良い弾薬庫が残っている
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排水溝も埋る事無く完璧だ
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この床を水撒いてデッキブラシで磨いてみたい・・・
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3cmくらいのちっちゃい小森さんがぶら下がっていた
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注目したいのが、この上下の溝、ここには横開きの扉が付いていたのだ
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反対側の溝も縦には開かないようになっている
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この状態の良さに感動する、ストロボが奥まで届かないのが難点だ
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ストロボ無しで、懐中電灯だけだとこんな感じ
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少し戻って、外部開口部への十字路の両角に残る坑木の位置関係
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開口部に向う、天井の形の変化に注目
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右側に部屋があり、この辺が密林に覆われる前に農民が肥料などを蓄えていた残骸がある
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振り返って坑道を見る、ここにも隔壁があったもよう
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あ、ここの壕口の写真撮るの忘れた・・・・アホやなほんまに
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第二砲座も砲側庫のすぐ脇に造ってあった
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位置を変えるが、案の定肉眼ほどに写真は映らない、肉眼の補正力ってすごい
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上に登っていたら、丁度良く総軍さんがやってきた
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真ん中辺りに立ってもらい、何とか判る人なら判る程度に撮れた、探索終了!

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ちなみにここに配備される予定だったのは、これと同型の物
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プラモの表紙、弾薬の補充方法が解りやすい
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愛媛県今治市の小島にある、撮影用の模造品
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コメント

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No title

この絵を見ると榴弾は台車に載せて、運搬して
たんですね。
高井ヶ谷では、床のコンクリートが榴弾の置き場のみなのに対して、大月第二では、ほぼ全面に使用されているので、貴重なパターンを見れましたね。
次回はコンクリート観測所を是非とも見つけにいきましょう。( ̄ー ̄)

No title

凄い遺構がのこっているんですね。70年前のものなのに状態が良いですね。貴重な体験をされましたね。

ねこさん

こんばんは、いま京都から帰ってきました!
まさかあんなに状態の良い砲側庫が残っているとは思いませんでしたね、是非また山狩りをしましょう!

カノッチ様

これほど状態が良い物はそうそう有りません、殆んどは掘っただけで整地する前に終戦になってしまっている物ばかりです。
こんな過去の遺構を見たくて、地道に調査、探索をしています!

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