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舞鶴 第三火薬廠 その2

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土塁に囲まれた「409」
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この番号は、米軍の管理番号。日本の管理番号は財665だ
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内部は水没しているが、状態はいい
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板を張って、コンクリートを固めた痕跡が見える
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いったい何の施設だったのだろう
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土塁の上から見て見る。空から見てもぜんぜん判らない様に偽装されている
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別の谷に入ってみる
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あった
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財664、続きナンバーだ
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内部は同じ
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米軍の番号は読み取れなかった
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ロシア病院の隣にある建物に移動する。これが5月の茂り方だ、左半分が建物。
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基本的にはロシア病院に酷似した建物だ、同じく砲炸薬成形工場
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外部から回り込む
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溝の掘られた部屋
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あとは小さな部屋が並ぶ
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ほとんどに煉瓦の台座がある
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奇妙な独立した建物があった
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中外共に鉄パイプで囲まれ、内部は水没、天井は30cmほどの穴が開放している
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気を抜くと、そこら中にあるくぼ地に水が溜まっている
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ここも裏表で2棟並んでいる
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煉瓦2組、壁の穴2つの部屋が並ぶ
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この辺はキャンプ場の建物に酷似している
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やはり別棟がある
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小さな用具庫?のもの背面
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表にはこんな部屋が並ぶ
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どんな作業をしていたんだろう
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ここでいやな物を見た
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意外に新しい靴が揃えてある、とりあえず上には誰もぶら下っていなかった
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ここだけは扉が付いていた、事務所のような物か?
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基本的には同じ建物だが、こっちの方が荒廃が激しかった

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切り通しの中に、人工物が見える
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石垣が組んである
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米軍管理番号394粉末一時置き場
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日本管理番号財661
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中は前の2つより広めだった
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ここに有るのは朽ち果てたスクーターが一台だけ
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表に出ると、コンクリートの建物基礎がある
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五月の頭でこれだから、7.8月なんかは全く見えないだろう
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手前の地面はコンクリートで固めてある
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建物裏山に、軽トラ道があるが、現代の林業用なのかは不明

舞鶴 第三火薬廠 その1(ロシア病院)

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貧乏人の朝は、キャンプ場で始まる
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キャンプ場A・B棟は第三火薬廠の遺構である
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火薬成型工場、表側は完全に原型を留めていないが、裏側は壊れているが当時の物だ
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庇部分が破壊されている
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二階は無く通風の為の窓だったようだ
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内部は四角い独立した部屋が並んでいる
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カブ1m程は、防湿用のコールタールが塗ってある
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火薬を吸い込まない為に、換気が必要だった
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耐震問題で、庇を撤去したのだろうか?元の画像が何処にも見つからない
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2棟の間ぐらいの山側に
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消火栓がある
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確かに海軍のものだ
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裏手の藪地に向かった水路の様な物がいくつか見受けられる
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一つの建物に見えるが
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間に空間が有り、完全に別棟である(要するに4棟残っている事になる)
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表側と裏側の一部は、半コテージ風になっていて遺構らしさは無い
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当時の土塁と思われるが資料が無い
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舞鶴工業高等 専門学校の裏手にある隧道式火薬庫
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完全に封鎖されていて、出口は農協敷地になるので見ていない
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電気配線の跡
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内側から鎖で閉じられていて、ビクともしなかった
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金庫の様なダイヤル錠だったのが驚いた(米軍摂取時かも知れないが)
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公園から高専前の道に繋がる橋は、無くなっていた
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川沿いに歩き、この辺から入れば遺構があると思うのだが
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ここの橋も落とされている
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生きている橋を渡って第三火薬廠 砲炸薬成形工場 煩谷(ほこだに)22工場(別名ロシア病院)
戦後、廃墟となったこの建物は、捕虜のロシア人の解剖実験をしてただの根拠の無い噂が広まり、ロシア病院と呼ばれた。
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入り口にぽつんと消火栓がある
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キャンプ場のとは違うタイプの消火栓だ
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煉瓦博物館の前にあった物と同じタイプだが、上の蓋等が微妙に違う
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入り口にはそれぞれ手洗い場が完備されている
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付近には、換気用ダクトが無造作に放棄されている
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キャンプ場と同じ様に、表裏で二棟が背中合わせになっている
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入り口付近の部屋は、昭和の落書きが残っている
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分厚い防湿用コールタールが壁面下部に塗られていたが、最早剥がれ落ちている
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一部屋がかなり大きい
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窓の外には、付属施設がある
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本体は、大きな部屋が2つだけ
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足元には溝とコンクリート台座
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天井を見上げると、滑車でも着いていたのだろうか?
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天井の梁もシンプル
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70年経っても、意外に木材が残っている事に驚くが、米軍に摂取されていたせいだろう
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奥にももう一棟ある、右は付属施設
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こちらは真四角な部屋が、複数並んでいる
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向かいの付属施設には、濡れずに行き来出来るように、屋根が繋がっていたようだ
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裏側の間口は狭い
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入ってすぐにクランクして奥に進む
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吹き抜けの部屋になっている
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横の壁に、不思議な穴が開いている。戦後調査なのか、かなり壁は分厚い事が解る
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表から見る、付属施設には3つの部屋が有った
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本館に戻って来た
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外から見ると、本館の屋根の形が面白い
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剥がれた庇の中に、木の壁が見える。この辺は木造にモルタルを塗っているだけのようだ
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裏側にも手洗い場がある、火薬で手が荒れてしまってここでの作業は過酷だったらしい
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建物の間の通路
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裏側の建物
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小さな部屋が並んでいる
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3m無いぐらいだろうか
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二階は無く、吹き抜け
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裏手はコンクリート壁に囲まれ、あちこちに防火用水と思われる水溜りがたくさんある
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壁にいろいろな器具が取り付けられていたのだろう
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付属施設、山側なので風化が少ないようだ
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窓は横開きではなく、下から紐で開け閉めするタイプ
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機械台座がそれぞれある
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サイズや形はマチマチだ
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付属施設の裏側から本館側に出た
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30分程で見て周ったロシア病院、思いの外広かった。
外観から二階建てだと思っていたが、全て平屋だった。
思ったより落書きも無く、比較的綺麗な廃墟だった。
廃墟の観かたは人それぞれ
自分は戦跡としてみて周った
うちのメンバーを連れて行ったら、どんな風に撮るだろう?
秋から冬になる頃にでも、また行けたらいいな!

舞鶴 夜の赤レンガ

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再び赤レンガ倉庫に戻ってきた、営業が終わっても自由に外観は観れる
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海側に出てみると、海自の艦船が電灯艦飾を行っていた
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多用途支援艦の電灯艦飾は珍しいかな?
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舞鶴クレインブリッジ
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「ひゅうが」
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補給艦「ましゅう」と、多用途支援艦「ひうち」
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奥のイージス艦がよく見えない
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駐車場に戻りながらまた観ていく
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誰も居ない赤レンガ倉庫を独り占めの気分だった、横浜とは大違いだ
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高台に登って観たイージス護衛艦「みょうこう」
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「あたご」は電灯満艦飾をしていなかった
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車を停める所が無いので、流し撮りした
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舞鶴海軍経理部衣糧科被服庫が2棟
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舞鶴海軍軍需部第三被服庫は起伏が無く窓がつるっとしている
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この辺にちょっと面白い物がある
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この辺から回って見る
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レトロっぽい飲み屋さん、なぜビリケンがいる?
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 東西に走る道路には戦艦・巡洋艦などの軍艦の名がつけられた。八重山・富士・八島・敷島・朝日・初瀬・三笠だが、この大門は軍艦ではない。「 東門 」「 西門 」があり、その門に通じる大通りを「 大門通り 」と呼んだようだ。
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戦艦「八島」
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戦艦「敷島」
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戦艦「朝日」
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戦艦「初瀬」
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戦艦「三笠」、「敷島」、「朝日」、「初瀬」、「三笠」の4隻は同型艦である

三条通り沿いに探したのだが、八重山・富士は見つけられなかった。どこかにあるのだろうか?

空母氏が舞鶴に来月行くらしいので、きっと見つけて来てくれるだろう!
彼は期待を裏切らない男だ。

舞鶴 市内海軍遺構

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前回来た時に、見落とした防空壕がここにある
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コンクリート製の防空壕と言われているが
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ここには機械台座がある、発電機壕とかだろう
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電気配管と思われるパイプが地面から伸びている
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もう一つ奥にある
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塞がれていて、中は判らないが
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第一防空壕との銘がある、舞鶴海軍病院の防空壕らしい
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中を見てみたいものだ
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旧北吸浄水場施設
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以前も来たので説明は飛ばすが、ここには煉瓦造りのメーター室があるはずなのだが、見つからない
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ここからの眺めは良い
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主要艦艇のほとんどが見える
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ひゅうがが入渠している
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いつかは行きたいあの穴へ
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海軍水交社の門柱
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幾つかの植樹記念が立っているが、どの木なのかわからない
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既に閉館していた
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この辺の建物は、情報が交錯し良くわからないのであえて言及しない
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とある交番の左右にある門柱
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中舞鶴憲兵分隊の門柱の右側
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同左側
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交番裏手には関連と思われる橋らしい物がある
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形状からして遺構だろう
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夜景を見ようと五老ヶ岳に登るが酷い霧だ
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到着、展望台は営業していたが、全く見えないので止めた方がいいと、止められた
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平地でこれじゃ、上に登っても見えないだろうな
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あきらめて降りることにした

舞鶴 防空指揮所非公開部及び周辺遺構

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そのまま帰るのでは芸が無い、当然外部接続部(左側)を探してみる
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まずこれは前回も見た上図上から3本目の一般用出入り口
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上図一番上の壕口(発電機室に繋がる電池室兼用通路)
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壁面にスリットがあるのは同じようだ
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裏口と違い、総コンクリート製だったようだ
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鉄戸扉20cmとある部分、この先が電池室となる
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だが、完全に埋没している。山の上部の埋め立て工事の祭に陥没したのだろう
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進める隙間は無さそうだ
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爆破の時の焼け焦げだろうか?
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本当に扉は分厚かったようだ、リベットの跡が残っている
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床もコンクリートのようだ
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無地の碍子も転がっている
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脱出する
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上図上から2番目の屈折した通路(タイプ係(副官部)とある、もう一つは読めない)
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短い!
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頭の上に通風孔がある
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行き止まりでは無く、直角に左に曲がっているのは判る、したがって2本目なのは確かだろう
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細いがちゃんと鉄筋は入っている
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左に曲がるとジ、エンド
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出口へ向かう
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天井から継ぎ手のある何かがぶら下っている
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壁面は爆破用の発破穴か?
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内部火災が1週間続いたそうなので、外部の破壊は行われなかったのだろう
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良く見ると「前田」?
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反対側には「京城」、京都を意味するのか人名か?
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赤レンガに戻って来た
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赤レンガ博物館
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煉瓦好きにはたまらない日本唯一の煉瓦博物館
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横浜赤レンガ倉庫も紹介していた
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道路挟んで例の防空壕
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移設だろう海軍消火栓
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舞鶴カラーマンホール
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昼間の赤レンガはさらっと流す
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モニュメントの引込み線イメージ
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旧海軍北吸乙号官舎(旧市長公舎)
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住所的にはここだが、現住者がいるようなので、場所は伏せる
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海上自衛隊舞鶴警備隊
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この門は舞鶴軍港の西門
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向かって右側
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左側、基本構造は同じ
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偶然会った初心者A様が、ここに地下壕がありますと教えてくれた場所に来た
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規模はごく小さい物だが、舞鶴に地下壕があると言う事が珍しい
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入り口は封鎖されている
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内部はL字型の小規模壕だそうだ、服装がガチでないので、入ってはいない